はじめに
「株式価値の算定手法」とインターネットで検索すると、DCF法、類似会社比較法、純資産法など、多種多様な手法を紹介した記事が数え切れないほどヒットします。
本記事では、そもそも株価とは何なのか?を明確にしたうえで、売買や税務の実務でよく使用される株式価値の算定手法について概括的に説明いたします。上場会社同士のM&Aなどで使用される株式価値、事業承継のM&Aで仲介会社が提案する株式価値、金融機関が考える株式価値、税務当局が使用する株式価値など、株式価値算定の全体像を把握することができます。
経営権を獲得するか否かによる株式価値の違い
株式価値の評価においては、支配権の有無が大きな影響を与えることを理解しておく必要があります。過半数を超える議決権を保有した場合、企業の経営に直接関与し、重要な意思決定を行う権利が得られます。このため、支配権を取得するためには、通常の株式価値にプレミアムが上乗せされるのが一般的となります。
一方で過半数に満たない議決権では、その株主単独では何も決めることはできません。会社の意思決定を行う役員を選任する際に、過半数の議決権を獲得する必要があるため、過半数を超える議決権を獲得する場合とそうでない場合では株式価値に相違が生じます。
また、上場している株式において、1株当たり純資産に満たない株式価格で取引されている銘柄がありますが、3分の2に満たない株主では、会社を解散させて純資産相当額を受け取ることが不可能のため、純資産を割り込む価格で取引されている形となります。
株式価値算定の手法について
株式価値の評価目的により、適合する評価目的は異なります。企業の実態を適切に反映させるために、以下の3つのアプローチから、適切な評価方法を選択する必要があります。
インカムアプローチ
将来獲得されるリターン(利益、キャッシュフロー、配当等)を現在価値に還元評価し、株式価値を算定する手法であり、企業の動的価値を表す継続企業の価値算定において、理論的に優れた手法です。DCF(Discounted Cash Flow)法や配当還元法などがあります。
DCF(Discounted Cash Flow)法
DCF法は、企業の生み出す将来キャッシュ・フロー全てについて、時間価値を考慮して、適切な割引率によって現在価値を割引することで株式価値を算定する方法です。DCF法によれば、他の手法では必ずしも明確に評価されない対象企業の将来性を反映した、本源的な株式価値を算定することが可能となりますが、他方、事業計画・財務予測の不確実性・恣意性や割引率等の前提条件の設定により、算定結果が大きく変動しやすいという注意点もあります。
配当還元法
将来受け取ると見込まれる配当を現在価値に割り引くことで株式価値を算定する方法です。会社の意思決定に関与しないことを前提に、受け取る配当のみを株式の価値としてとらえる方法であるため、少数株主の保有する株式価値の計算に使用される場合があります。
マーケットアプローチ
上場企業の中で、その業種、規模、事業特性等が対象企業及びその類似する企業の株価、業種の平均株価又は実際取引価格など、参考となる株価を基に対象企業の株式価値を算定する方法です。類似会社比較法、市場株価法などがあります。
類似会社比較法
類似会社比較法は、対象企業と業種、規模等が類似する会社(類似会社)と比較して株式価値を算定する方法です。評価対象会社と類似する上場企業の各種利益などの財務数値に対する倍率(マルチプル)を算出し、評価対象会社の対応する財務数値に、当該倍率を乗じることにより、株式価値を算出する方法です。
市場株価法
上場企業の市場株価に基づいて株式価値を算定する方法で、公正な株価を形成すると考えられます。ただし、市場株価は売買単位毎の株価であり、取引の繁閑度合いによっても変動します。これによって算定された時価総額が、会社全体の株式価値と等しくなるとは限らない点に留意が必要です。また、様々な外部要因によっても影響を受けており、本源的な企業価値や上場類似企業との比較による相対的に合理的な株式価値を表していないことがあります。
コストアプローチ
企業の一定時点のストックとしての純資産に着目して株式価値を算定する方法です。修正純資産法が一般的です。
修正純資産法
企業の純資産に着目して株式価値を算定する方法であり、簿価純資産法、時価純資産法等があります。実務上はよく目にしますが、一定時点の過去の蓄積を測定するものに過ぎないため、時価を考慮したとしても、企業の将来にわたる収益力が、株式価値の測定に反映されない点に欠点があります。
様々な視点からみた株式価値
株式価値は、その算定方法によって大きく異なり、様々なステークホルダーがそれぞれの視点から評価を行います。目的や状況によって、多様な評価方法が採用されます。
税務当局が使用する株式価値
適正な条件の第三者間で取引される価格こそが適正な時価であり、その適正な時価を国税当局が否定しうるものではありませんが、例えば極めて低廉な価格で子供や孫に資産を移転することなどを看過すると相続税や贈与税の課税に支障をきたすことになります。そこで、税務当局は相続税や贈与税の計算の基礎となる時価の計算方法について財産評価基本通達というルールを定めて、第三者間の適正な時価と説明できない場合にはこのルールに従うことを求めています。
上場会社同士のM&Aなどで使用される株式価値
現状のM&A実務において、上場会社の買収においては、たとえ対象会社が上場企業であっても、市場株価のみを拠り所とすることは一般的ではありません。 投資家に対する説明責任を果たすためには、DCF法や類似会社比較法など、理論的な裏付けに基づいた多角的な評価手法を用いて、株式価値を算定することが求められます。
事業承継のM&Aで仲介会社が提案する株式価値
事業承継手段としてM&Aを選択した売り手会社オーナーに対し、仲介会社が提案してくる株式価値は、修正純資産に数年分(最大5年程度)の正常利益を加えたものであることがほとんどです。この計算で使用される利益には、営業利益である場合もあれば、当期利益である場合もあり、仲介会社により考え方は多少異なります。上場会社が使用する理論的な株価とは異なる結果となりますが、修正純資産に利益数年分という考え方は、非上場の会社オーナーには理解がしやすいこともあり日本の実務慣行として定着しています
金融機関が考える株式価値
M&Aのための資金調達において金融機関が考える適正な株式価値は、対象会社の生み出すキャッシュフローで返済可能な株価かどうかです。対象会社の類似上場会社の株価が急騰している場合においても、蓋然性の高い事業計画で返済可能な範囲でなければ、融資は出来ないこととなります。
さいごに
株式価値は、一律に定まるものではなく、評価の目的や対象企業の状況、そして評価者によって大きく異なります。本記事では、株式価値の概念、算定手法、そして様々なステークホルダーがどのように株式価値を捉えているかについて解説しました。株式価値の算定は、M&Aや事業承継など、企業の重要な意思決定において不可欠な要素です。そのため、それぞれの状況に合った適切な評価手法を選択し、多角的な視点から株式価値を評価することが重要です。
株式価値の評価は、会計やファイナンスの専門知識だけでなく、企業の事業内容や業界動向に関する深い理解も必要となります。そのため、複雑なケースでは、専門家である会計士や税理士、M&Aアドバイザーなどに相談することをおすすめします。本記事が、株式価値についてより深く理解するためのきっかけとなれば幸いです。