はじめに
どんなに優秀な経営者でも、必ず歳を重ねることは避けられません。
経営を未来につなぐためには、次の経営を担う後継者問題の解決は不可避です。
この記事では、まずは事業承継の類型を整理した上で、相続税対策や個人保証問題解決も含めた事業承継の具体的なステップを簡便に説明しています。特に、最近注目されているCo-owned Companyの考え方も説明しながら事業承継を実現するための資本政策についてとりまとめています。
経営を承継するには本質的経営権の獲得が重要であり、議決権の確保とともに経営機構の構築が重要です。議決権は本質的経営権の根幹であり、経営を承継するためどのように議決権を移行していくかの資本政策が重要となってきます。また、経営機構は後継者が経営を行う上での実質的な前提ともいう事が出来ます。
長らく指摘され続けてきている後継者不在率が、最近の事業承継の必要性の啓蒙活動の浸透やM&Aによる事業承継の加速により低下傾向が続いている状況の中で、どのような事業承継を実現すべきか考える材料としていただければと思います。
事業承継の類型
事業承継には、親族内承継、従業員承継、第三者承継(M&A)の3つの主な類型があります。親族内承継は伝統的な手法で、長い準備期間の確保が容易かつ、感情的な側面も大きい一方、従業員承継は近年増加しており、経営の多様化に対応できる可能性があります。第三者承継は、外部から新たな資金やノウハウを取り入れることができ、経営者の出口戦略としても有効です。各類型にはメリット・デメリットがあり、企業の状況や経営者の意向によって最適な方法が異なります。
事業承継の具体的ステップ
事業承継ガイドラインによれば、廃業する会社の3割が、後継者がいれば存続できる会社とされます。これらの会社では、後継者の育成が出来れば存続させ、未来に向け成長させる余地があると考えられます。社外からの招聘も含めて、事業承継には後継者の確保が何よりも重要ということになります。そのため、現経営者は、理想的な後継者育成や円滑な事業移譲を実現するため、早い段階(出来れば承継の10年以上前と考えられる)から綿密な事業承継計画を立案し、着実に実行に移していくべきと言えるでしょう。
STEP1:事業自体の価値向上
事業承継において何よりも重要なのは、事業価値の維持向上です。
魅力のない事業を引き継ぎたい人はいません。後継者に引き継ぐのであれば引き継ぐ側から見て魅力のある事業である必要があります。
事業価値の維持向上には、経営状況や経営課題、経営資源等を見える化し、現状を適時かつ正確に把握することが、まずは重要と考えられます。つまり、現状を把握したうえで必要な対策を検討・実行・検証するサイクルをしっかりと回していくこと、回すための経営機構を強化していくことが必須であり、現経営者の個人技ではなく会社の仕組みとしていくことが重要です。これは、親族承継でも従業員承継でも第三者承継でも共通して言えることであり、すべての会社で必ず価値向上に資するものと考えられるとともに、経営者の個人保証を外すための金融機関との交渉でもプラスに働くこととなります。
STEP2: 事業承継カレンダーの策定
経営者として、年齢からくる引退は不可避のため、その時点から逆算して後継者の確保・育成に十分な準備期間を設定したスケジュール表(=事業承継カレンダー)を作成する必要があります。
事業承継を盛り込んだ中長期の経営ビジョンを策定し、必要な組織体制とITシステムを含めた適切な経営管理機構を構築し、組織内の適切な人材を配置するとともに育成する仕組みも構築し、さらに、次世代の経営陣への議決権の移管方法を含めた資本政策、これらを時系列で取りまとめて一覧化することで、何を誰がいつまでに実現するかを客観的に把握できるようにする必要があります。
事業承継カレンダーの構築においては社内のキーとなる人員のコンセンサスも重要です。社長の独りよがりなプランではなく、社内一丸となって会社の未来を構築していくことが出来れば事業承継の成功確率は上がると考えられます。また、事業承継カレンダーの策定は会社の経営戦略策定と重なる部分も多く、会社の置かれた事業分野の中であるべき方向性を実現するために不足するリソースとして、例えば人材だけを外部から招聘すればよいのか、あるいは外部資本傘下に参加・加入・あるいはM&Aすることも検討すべきなのか、あらゆる選択肢を検討することが重要です。
STEP3: 議決権の移管手法と資本政策
経営管理機構で最も重要な構成要素である株式議決権をどのように移管するかは、事業承継カレンダーの要素の中で重要度の高い項目となります。
親族承継の場合には、長い時間をかけて非課税限度内となる毎年の贈与と相続を組み合わせてまとまった議決権を無税かつ金銭的な負担も抑えて移管することが可能となる場合もあります。
ところが、従業員承継の場合には、贈与や相続による移管は現実的ではなく、基本的には譲渡による議決権の移管となります。株式の所有権移転は時価が原則となりますので、株価が高く買取価額が高額となる場合、通常の従業員には資金調達が困難となります。そのため、円滑な従業員承継を実現するためには、資金調達の成否が非常に重要であると同時に、従業員承継の実現を阻む高いハードルとなります。
この課題をクリアする方法としてよく採用されるのが特別目的会社(SPC)を活用した株式の移転です。次世代経営陣が事業承継のためのSPCを設立し、当該SPCで借り入れをしたうえで事業会社の株式を買い取る方法です。
この方法がマネジメントバイアウト(Management Buyout)、すなわちMBOと言われます
SPCの借り入れは事業会社からの配当で返済しますが、株価と配当可能額と返済期間をよくシミュレーションして銀行と交渉する必要があります。議決権比率は高いほうが会社経営の安定性は増しますが、可能となる資金調達の規模から移管できる議決権に制約が生じることがあります。経営の安定にはSPCで買い取る株式の議決権比率は拒否権を得る1/3以上もしくは過半数以上が望ましいですが、資金調達の可能規模との相談となります。
経営陣だけで拒否権もしくは過半数以上の議決権を確保できない場合には、経営に協力しうる与党株主を確保することを考える必要が出てきます。
当該与党株主としてよく活用されるのが、従業員持ち株会、もしくは投資育成会社による議決権の保有です。
従業員持株会のメリットとして、従業員の帰属意識の向上や資産形成の促進などが挙げられています。一方デメリットとしては非上場会社では換金が自由にできない事等が挙げられます。
投資育成会社に与党株主で入ってもらう方法も一般的で、与党株主として経営陣に協力をすることがメリットとして期待されること一方で、それなりの配当を義務付けられることと一度株主になると買い取りの交渉が容易ではないことがデメリットとして挙げられます。
STEP4: Co-owned Company
事業承継の要請のみならず、最近は非上場会社でも親族だけではない株主構成を採用する事例が増えております。Co-owned Companyとは役職員が自ら会社の株式を保有し、株主の立場として経営に参画することで『オーナーシップカルチャー』を醸成し、自分の会社として日々の業務を遂行する会社形態をいいます。
単なる従業員持ち株会がある会社ではなく、経営に関する情報開示や業務執行、株主総会の運営などを上場会社レベルとはしないまでも段階的に客観性を付与していくことで経営陣に緊張感が生まれ、従業員株主には経営に関与している一体感をより付与していく効果があります。
親族という内輪だけで経営していた会社を従業員や外部株主にもその所有関係を広げることで第三者的視点が増えます。親族だけであれば見過ごされていた部分も第三者の株主が加わることで別の視点による方向性が示されることにつながり、ガバナンスの強化につながります。上場しなくともそれなりの客観性が付加されることで経営の独立性が強化されるメリットがあります。
STEP5:相続税対策
一般的に個人間の資産の移転は適切な価格で譲渡することで行われますが、親族内承継の場合においては、株式の移転は譲渡よりも贈与もしくは相続を想定することが一般的です。親族内で資産を移転する際には、次世代に負担をかけないようになるべく安い価格で移転したいと考えるのが常ですが、時価よりも安い値段で移転することは時価との差額が実質的な贈与となるため贈与税の対象となります。
そこで、親族間での株式移転においては税金の負担軽減とトラブルを回避する節税プランの策定が必要となります。
節税しながらの株式移転の方法としては、毎年の非課税枠を活用した暦年贈与による計画的な移動、実際の相続までに株価の値上がりが見込まれる場合に当該値上がり分を課税対象から除くための相続時精算課税制度の選択、税法で定められる株価計算で株価がなるべく安くなるように会社の利益や配当等を調整して譲渡する方法などがあります。
STEP6: 個人保証問題の解決
業績に不安がある会社は後継者が見つからない場合が多くあります。特に経営者の個人保証問題が事業承継の最大のハードルといっても過言ではありません。親族内もしくは社内にそれなりの実力者が存在していても、会社の借入金に対して個人保証をすることを受け入れできずに事業承継が出来なくなることも多く発生しています。特に、業績に不安のある会社は事業承継のハードルが上がることとなります。
経営者保証ガイドラインの運用も進む中で、それなりの収益性と財務基盤と経営の透明性があれば経営者の個人保証を外せるケースもありますが、最終的には金融機関との交渉となります。
さいごに
本記事では、事業承継の重要性と、その具体的なステップについて解説しました。事業承継は、単なる経営者の交代ではなく、企業の未来を左右する重要な決断ですが、企業の規模や業種、経営者の考え方によって、最適な方法は異なります。この記事で紹介した内容を参考に、自社の状況に合った事業承継計画を立て、企業の永続的な発展を目指しましょう。