はじめに
本記事では、役職員が会社の一部を所有する会社形態である「Co-owned Company(コー・オウンドカンパニー)」について詳しく解説します。Co-owned Companyは事業承継のひとつの方法ですが、親族承継や第三者へのM&Aによる会社売却とは異なり、役職員のモチベーションを高めながら、会社の安定的な成長を図ることができる可能性を秘めています。
役職員が共同で所有する企業形態
Co-owned Companyとは、役員や従業員(以下「役職員」という)が会社の一部を共同で所有する企業形態です。「Co-owned」は、「co」(共同の)と「owned」(所有する)を組み合わせた言葉で、「共同で所有する」という意味を持ちます。
Co-owned Companyは、役職員が会社を単に一部所有するだけでなく、経営にも積極的に関与し、共同で会社を所有していくという概念を表しています。従来の株式会社では、株主が会社を所有し、経営者が株主の意向に従って会社を運営する「所有と経営の分離」が一般的でした。もちろん、オーナー経営者がいる会社では所有と経営は一致していますが、一般的に従業員が株式を所有することはありません。
Co-owned Companyのスキーム
Co-owned Companyの具体的なスキームは、企業によって様々で、株式保有形態やその持ち株割合によって大きく異なります。一般的には、従業員持株会制度が導入されます。これは、従業員が自社の株式を購入できる制度のことで、これにより日本では、従業員が会社の所有者の一員となることができます。
従業員持株会制度の方式には
- 従業員持株会制度(従来からある民法上の組合で行う方式)
- 従業員持株会型の日本版ESOP *1
- 株式給付型の日本版ESOP *1
があり、いずれも従業員に積極的に自社の株主になってもらう、という点で共通しています。ストックオプションや譲渡制限付株式ユニット(RSU)*2などの各種株式報酬制度も広い意味でCo-owned Companyの類型と考えて良いでしょう。
一方で、本格的にCo-owned Companyとなるには、MEBO(Management Employee Buyout)のように外部資金を活用して役職員が過半数の株式を所有し、名実ともに所有と経営を一致させて会社運営を行います。いずれにしても、現株主と次世代経営陣がどのようなコンセプトのCo-owned Companyを実現したいのかによってスキームは大きく異なります。
*1 ESOP:Employee Stock Ownership Plan(従業員による株式所有計画)の略。企業が自社株を買い付け、退職金や年金として従業員に分配する制度のこと。
*2 RSU:Restricted Stock Unitの略。株式報酬の一つで、一定の継続勤務などを条件を定め、達成した後に株式を受け取る権利を付与される制度のこと。
Co-owned Companyが注目される理由
Co-owned Companyが注目されている背景には、いくつかの要因が考えられます。
- 少子高齢化による労働力不足
後継者不足に悩む中小企業が増加し、事業承継問題が深刻化しています。 - 役職員のエンゲージメント向上
役職員が会社の一部を所有することで、会社への愛着や貢献意欲が高まり、生産性の向上につながることが期待されます。 - 長期的な視点での経営
短期的な利益追求ではなく、会社の持続的な成長を目的とした経営が可能になります。 - 事業承継問題の解決
後継者不足に悩む中小企業にとって、役職員に経営を引き継いでもらうことで、事業の存続を図ることができます。
Co-owned Companyは、役職員が会社を所有することで、従来の株式会社にはない新たな価値を生み出す可能性を秘めた会社の運営形態です。少子高齢化や働き方改革、事業承継問題の解決策といった社会の変化に対応するため、今後ますます注目を集めることが予想されます。
一般的な会社との比較
Co-owned Companyのメリット:役職員と会社が共に成長する
Co-owned Companyには、役職員と会社双方にとって多くのメリットがあります。
役職員エンゲージメントの向上
- 所有意識が芽生えることで、役職員は単なる労働者ではなく、企業の共同経営者としての自覚を持つようになります。
- 経営目標達成への貢献度が直接報酬や株式に結びつく仕組みを導入することで、より高いモチベーションが期待できます。
- 役職員の声が経営に反映される機会が増え、より働きがいのある職場環境が構築されます。
長期的な視点での経営
- 月次や四半期ごとの短期的な利益追求ではなく、企業の持続的な成長を目的とした経営が可能になります。
- 環境問題や社会貢献など、長期的な視点での経営戦略を推進することができます。
- 顧客との長期的な関係構築にも繋がり、ブランド価値の向上に貢献します。
企業文化の醸成
- 共通の目的意識を持つ役職員が集まり、強固な企業文化が形成されます。
- イノベーションを促進する風土が醸成され、新しいアイデアが生まれやすくなります。
- 役職員間の連携が強化され、チームワークが向上します。
事業承継問題の解決
- 後継者不足に悩まされることなく、円滑な事業承継を実現できます。
- 役職員が経営を引き継ぐことで、企業のノウハウや文化が継承され、安定的な成長が期待できます。
- M&Aによる経営権の移譲に比べて、役職員の雇用や企業文化の維持が容易です。
Co-owned Companyのデメリットと課題:成功のために克服すべき点
Co-owned Companyには、メリットだけでなくデメリットや課題も存在します。Co-owned Companyのデメリットの多くは、適切なコーポレート・ガバナンス体制を構築することにより回避できますが、現実的には弁護士や専門的な知識があるコンサルタントと一緒に設計していくことになります。
意思決定の遅延
- 多数の役職員の合意を得る必要があるため、意思決定に時間がかかり、迅速な対応が難しい場合があります。
- 特に緊急を要する事態が発生した場合、迅速な判断ができない可能性があります。
資金調達の難しさ
- 外部からの資金調達を行う際に、役職員全員の合意を得る必要がある場合には、時間がかかり、手続きが複雑になることがあります。
- 一般的な株式会社と比較して、投資家への説明が必要となったり、代表者が金融機関に対する連帯保証をつけないなど、資金調達の難易度が上がる可能性があります。
経営の専門性
- すべての役職員が経営に関する専門知識を持っているわけではないため、経営判断を誤るリスクがあります。
- 専門的な知識を持つ人材の育成が不可欠となります。
役職員の入れ替わりによる影響
- 役職員の大量退職やキーパーソンの離脱は、企業の経営に大きな打撃を与える可能性があるため、役職員の退職時の株式売却ルールなどを厳格に決めておく必要があります。
日本のCo-owned Companyの事例【武州製薬株式会社】
2024年4月、武州製薬株式会社は、日本国内で初めて全従業員を対象とした従業員オーナーシップ・プログラムを導入しました。このプログラムは、グローバル投資運用会社KKRの支援の下、実現しました。このプログラムの特徴は以下のとおりです。
- 全従業員がオーナーに
全従業員が会社の株式を無償で取得し、会社のオーナーになることができる - 従業員エンゲージメントの向上
従業員は会社の成長に貢献することで、その成果を直接得られるようになり、会社への愛着心や貢献意欲が向上することが期待されている - 会社の成長
従業員の意見を経営に反映させることで、より良い企業文化を築き、持続的な成長を実現していくことを目指す
従業員と会社が一体となり、共に成長していく新しい働き方のモデルとして注目されており、下記のような効果が期待されています。
- 従業員の生産性向上
- イノベーション創出
- 企業文化の改善
- 持続的な成長
一般的にファンドの投資先では、インセンティブは経営陣や一部の役職者のみに付与される場合が多いですが、これだと経営陣が従業員の給与を抑えて利益を出すことに向かいがちです。KKRはこの構造を是正するために、2011年から米国で投資先の全従業員にオーナーシップを付与することを始めました。なお、この取り組みは日本プライベート・エクイティ協会(JPEA)の、2023年度「JPEAアウォード」の「ESG賞」を受賞しました。
武州製薬の従業員オーナーシップ・プログラムは、従業員一人ひとりが会社のオーナー意識を持つことで、企業の成長と従業員の幸福の両立を目指す画期的な取り組みです。このプログラムが成功し、日本の多くの企業に広がることで、日本の企業経営のあり方が大きく変わる可能性を秘めています。
Co-owned Companyの形態
このように、Co-owned Companyは、従業員と企業が一体となり、持続的な成長を目指すためのビジネスモデルとして、注目を集めています。
上述の武州製薬の事例は、大株主であるファンド以外の株主として役職員による株式保有制度であるESOPを活用したとのことです。大株主(創業オーナーや親会社・ファンド)と従業員が会社を一緒に所有する、というケースもあれば、MBO(Management Buyout)やMEBO(Management Employee Buyout)により、役職員だけで会社を所有するケースもあり、Co-owned Companyは会社によって様々な形態が考えられます。
「誰を主要株主とするか」によってCo-owned Companyの目的や各ステークホルダーの役割、それぞれのメリット・デメリットは異なるため、事前の綿密な設計が必要となります。
Co-owned Companyの今後の展望
Co-owned Companyの導入には、制度設計の複雑さ、従業員の理解不足、経営への影響など、様々な課題があります。しかし、これらの課題を克服し、制度の整備が進めば、より多くの企業がCo-owned Companyを導入していくことが期待されます。日本のCo-owned Companyは、まだ導入事例が少なく、制度設計や税制面での課題も残されています。
- 株主(オーナー経営者)の意識
中小企業ではオーナー経営者が役職員に経営を託す、という前提で経営幹部を育てていないという課題があります。 - 制度の未整備
ESOPに関する法律や税制が、米国のように整備されていないため、導入のハードルが高い状況です。 - 役職員の意識
役職員が株式を取得して経営に参画するという意識が、十分に浸透していないという課題があります。 - 専門家の不足
Co-owned Company実現には、ビジネス・ファイナンス・法務・会計・税務など広範な知見を持つ精通した専門家が必要ですが、多くはいません。 - コーポレートガバナンスの設計
会社の代表取締役の権限や決定方法、報酬の決定方法、重要事項(M&A・設備投資・新規事業の進出・撤退)の決定方法、取締役会の監視など、ガバナンス制度を適切に設計する必要があります。
さいごに
Co-owned Companyは、従来の企業経営の概念を大きく変える可能性を秘めたビジネスモデルです。役員や従業員が会社の一員として経営に関わることで、企業の成長と社会の発展に貢献することが期待されます。
日本において、Co-owned Companyは、まだ新しい概念ですが、その可能性は無限大です。従業員が経営に参画し、企業の成果を共有するこのモデルは社会全体に大きな変革をもたらすかもしれません。今後の動向に注目が集まります。
参考文献
- 武州製薬株式会社ホームページ:従業員オーナーシップ・プログラム(BEOP)
- MARR Online:2023年度 JPEAアウォード 受賞案件インタビュー「ESG賞」