はじめに
企業価値評価は、自社の将来を考える上で極めて重要です。特に中堅企業のオーナーにとって、自社の価値を適切に評価することは、今後の経営戦略を立てる上で欠かせません。
本記事では、中堅企業の評価で広く用いられる修正純資産法の一種である年買法について、概要、詳細な手順、実務上の留意点、メリット・デメリット、他の株価算定手法との比較の観点から解説します。
年買法の概要
年買法とは
年買法は、企業の資産と負債を時価評価し、その差額である時価純資産に、将来の収益力を表す営業権を加算して企業価値を算定します。計算式は以下の通りです。
企業価値 = 時価純資産 + 営業権
ここで、時価純資産は貸借対照表の数値を時価評価して算出し、営業権は過去の平均利益の3〜5年分として計算されることが一般的です。どの利益を用いるかに決まりはありませんが、実務上使用する利益は税引後の営業利益や、節税目的などで標準よりも支出の多い費用などを修正した修正営業利益から税引きした修正税引後の営業利益を用いることが多いです。
年買法の適用範囲
年買法は、特定の企業や状況において適用される手法です。主に以下のようなケースで活用されます。
- 含み損益の大きい資産を多く保有する企業
不動産や有価証券など、市場価値の変動が大きい資産を保有する企業では、簿価と実際の価値に乖離が生じることがあります。そのため、年買法を用いることで、より実態に即した企業価値の算定が可能となります。 - 有形資産の比重が高い業種
製造業や不動産業など、設備や土地といった有形資産が企業価値に大きく影響を与える業種では、資産価値を適正に反映させるために年買法が適用されることがあります。 - 未上場企業のM&Aや事業承継の企業価値算定
未上場企業のM&Aや事業承継の場面では、株式市場での評価が難しいため、年買法を用いて資産の実態価値をもとに企業価値を算定することが一般的です。 - 清算価値や再調達価値の観点からの企業価値評価
企業の清算を検討する際や、資産を新たに取得・再調達する場合には、企業が保有する資産の適正価値を算出する必要があります。年買法は、こうしたケースにおいて、資産価値を適正に評価する手法として用いられます。
このように、年買法は主に企業の資産価値を重視した評価が求められる場面で活用されます。
年買法の目的
次に年買法の主な目的は、企業の実態を正確に反映し、関係者が納得しやすい企業価値を算定することにあります。
- 企業の実態をより正確に反映した価値評価を行う
企業が保有する不動産や設備といった有形資産に加え、含み損益や簿価との差異も考慮し、帳簿上の数値だけでは見えにくい実態価値を適切に評価します
- 現在の資産価値と将来の収益力の両方を考慮した包括的な企業価値の算定を可能にする
企業の価値は、現在の資産だけでなく、将来的な収益力や事業の成長性も重要な要素となります。年買法は、資産価値と収益性の両方をバランスよく考慮することで、より実態に即した企業価値を導き出します。 - 事業承継や組織再編において当事者・第三者が納得しやすい評価方法を提供する
M&Aや事業承継、グループ内再編などの場面では、企業価値の算定方法が明確であることが重要です。年買法を用いることで、売り手・買い手双方が共通認識を持ちやすくなり、公平かつ合理的な評価を実現できます。
年買法は、企業の実態に即した透明性の高い価値評価を行うために活用され、事業承継やM&Aなどの重要な局面において有効な手法となります。
年買法の詳細な手順
年買法の手順①:資産の評価
まず資産の評価を行います。その際に以下の項目を中心に時価評価を行います。
- 不動産(土地・建物)
- 投資目的の有価証券
- 満期保有を前提とした債権
- 長期間回収していない売掛金
- 機械・装置(設備)
- 知的財産
- 生命保険(解約返戻金のあるもの)
年買法の手順②:負債の評価
負債の評価では、主に以下の項目を時価評価します。
- 金融機関からの借入金
- 社債
- 未払給与
- 賞与引当金
- 退職給付債務
- 法定福利費
- 未払法人税等
年買法の手順③:純資産の算出
時価評価した資産から負債を控除し、純資産を算出します。この際、以下の式を用います。
時価純資産=時価評価後の資産総額−時価評価後の負債総額
年買法の手順④:損益計算書項目の修正
損益計算書項目の修正は、企業の実質的な収益力を反映させるために重要です。主に以下のような修正項目があります。
- 役員報酬の適正化:過大または過少な役員報酬を業界標準に調整
- 保険料の適正化:譲渡後に勇退する社長に紐づいた保険料などの支払いを除外
- 経費の適正化:経費の過大計上や計上漏れがあった場合に修正
- 一時的な損益の除外:特別損益など非経常的な項目を除外
年買法の手順⑤:調整項目の考慮
純資産算出後、以下のような調整項目を考慮する場合があります。
- 偶発債務
- オフバランス取引
- 税効果
年買法の手順⑥:営業権の算出
修正税引後の営業利益に基づき、営業権(のれん)を算出します。一般的に、修正税引後の営業利益の3〜5年分を加算します。
企業価値=時価純資産+(修正税引後の営業利益×年数)
この営業権は、企業の超過収益力を表現しています。
超過収益力とは、企業が長年培ってきたブランド力や人的資源など、貸借対照表上で評価できない要因によって期待される収益力のことです。この方法を用いることで、企業の無形の価値を定量化し、より包括的な企業価値評価が可能となります。ただし、注意すべき点として、赤字の場合は営業権は認められません。これは、超過収益力が実際に利益を生み出していないためです。
年買法の実務上の留意点
評価時点の選定
株式価値算定において、評価時点の選定は極めて重要です。企業の財務状況や市場環境は常に変化するため、適切な評価時点を選ぶことが求められます。
通常は、直近の決算期末や四半期末を基準とすることが多いですが、重要な事業イベント(M&A、新規事業立ち上げなど)がある場合は、それらを考慮した時点を選択する必要があります。
情報の質と量の確保
正確な株式価値算定には、質の高い十分な情報が不可欠です。特に以下の点に注意が必要です。
- 財務諸表の信頼性:監査済み財務諸表の入手、必要に応じて財務デューデリジェンスの実施
- 非財務情報の収集:業界動向、競合状況、技術革新の影響など、定性的情報の十分な把握
- 資産の実態把握:特に不動産や知的財産権など、簿価と時価に乖離がある可能性のある資産の精査
評価結果の妥当性検証
算出された株式価値の妥当性を確保するため、以下の点を検討します。
- 時価評価の適切性確認:時価純資産の算定において、各資産・負債項目の時価評価が適切に行われているか
- 営業権算定の合理性検証:使用した財務数値や将来予測、適用年数などの根拠を精査し、その合理性を検証
- 他の評価手法との比較:DCF法やマルチプル法など、他の評価手法による結果と比較し、大きな乖離がある場合はその理由を分析する
- 感応度分析の実施:主要な前提条件(例:適用年数)を変動させた場合の評価結果への影響を分析
- 業界特性との整合性確認:評価対象企業の属する業界の特性や動向と、評価結果が整合しているか確認
年買法のメリット・デメリット
メリット
客観性
貸借対照表をベースとするため、比較的客観的な評価が可能です。財務諸表という具体的な数値に基づくため、恣意性が入り込む余地が少なく、第三者にも説明しやすい利点があります。
簡便性
他の手法に比べ、計算が比較的容易です。複雑な将来予測や市場データの収集が不要なため、迅速な評価が可能です。また、この簡便性は、中小企業のオーナーが自社の概算価値を把握する際にも役立ちます。
将来性の反映
純資産価値に営業権を加えることで、ある程度将来の収益力を反映できます。これにより、単純な純資産法よりも実態に即した評価が可能となります。
デメリット
時価評価の困難性
一部の資産・負債の時価評価が困難な場合があります。特に、無形資産や知的財産権の評価には専門的な知識が必要となり、評価者によって結果が異なる可能性があります。また、非上場企業の場合、類似上場企業との比較が難しく、適切な時価評価が困難になることがあります。
理論的根拠の弱さ
年買法はファイナンスにおいて重視する将来キャッシュフローの現在価値概念を直接的に反映していません。また、リスクに応じた割引率の調整や、将来の成長機会の価値を適切に評価することが困難です。年買法では企業価値評価の本質を見極めることが難しいため、過大評価あるいは過少評価になることもあります。
市場環境の反映不足
年買法は、主に企業の内部情報に基づいて評価を行うため、外部の市場環境や業界動向を十分に反映できない場合があります。特に、急速に変化する業界や新興市場においては、この手法だけでは企業価値を適切に評価できない可能性があります。
他の株価算定手法との比較
DCF法との比較
年買法とDCF法は、企業価値評価の異なるアプローチを代表しています。年買法はコストアプローチに基づき、現在の資産価値に焦点を当てます。一方、DCF法はインカムアプローチを採用し、将来のキャッシュフローを重視します。
年買法は、資産の客観的評価に優れていますが、将来の成長性を十分に反映できない可能性があります。DCF法は将来の収益力を詳細に分析できますが、予測の不確実性が高いというデメリットがあります。

類似会社比較法との比較
類似会社比較法はマーケットアプローチに分類され、同業他社の市場評価を基準に企業価値を算定します。年買法が個別企業の資産に着目するのに対し、類似会社比較法は市場の評価を重視します。
年買法は、非上場企業や特殊な事業構造を持つ企業の評価に適していますが、市場動向を反映しにくい面があります。一方、類似会社比較法は市場の評価を反映できますが、適切な類似企業の選定が難しい場合があります。

修正純資産法との比較
修正純資産法は営業権を考慮せず、貸借対照表上の資産・負債を時価評価することで企業価値を算出する手法です。年買法は過去の収益や利益を基に、一定の倍率(年数倍率)を乗じて企業価値を算出するため、将来の収益性を加味しようとする点が異なります。他の算定手法と同様に、複数の算定手法を組み合わせて使用することが一般的です。
さいごに
年買法は、その簡便性と直感的な理解のしやすさから、中堅企業の価値評価において広く用いられています。しかし、いくつかの課題も抱えているため、年買法の特徴を十分に理解した上で、他の評価手法も併用しながら、自社の真の価値を多角的に評価することをお勧めします。将来の経営戦略を検討する際は、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に意思決定を行うことが重要です。
企業価値評価は、単なる数字の計算ではありません。企業の歴史、従業員の努力、そして将来の可能性を適切に反映させることが、成功する経営戦略の鍵となります。年買法は、そのプロセスの一つの道具に過ぎません。最終的には、貴社の真の価値を最も適切に表現できる方法を選択し、それに基づいて将来の方向性を決定することが重要です。