従業員が事業を買う!EBO(Employee Buy-Out)の成功事例と資金調達、税務のポイント~スーパーマーケット再生事例~

目次

はじめに

事業承継の新たな選択肢としてのMEBO

「後継者がいない…」「長年続けてきたこの店を、どうにか残せないだろうか…」

近年、多くの中小企業で深刻な問題となっている事業承継。帝国データバンクの2024年の調査によれば、国内企業の約6割が後継者不在の状態にあると言われています。大切な事業を次世代へ繋ぐための選択肢は様々ですが、その中でも従業員や経営陣が主体となって事業を引き継ぐ「MBO(Management Buy-Out)」や従業員が事業を買い取る「EBO( Employee Buy-Out)」が注目されています。

本コラムでは、EBO(Employee Buy-Out)に焦点を当て、その魅力と可能性について、弊社の事例を交えてご紹介します。事業承継にお悩みの方にとって、本コラムが少しでもお役に立てれば幸いです。

【弊社事例】下町のスーパーマーケット再生ものがたり
~従業員と社長が手を取り合ったEBOの成功事例~

下町の一角で地域住民に愛されてきたスーパーマーケットは、長年にわたり地域社会に貢献してまいりました。しかし、創業社長の高齢化と後継者不在という課題に直面し、事業継続が困難な状況に陥っていました。

事業承継への決断と店長の主体性

このような状況下、当該スーパーマーケット4店舗を統括していた店長が「このスーパーを、自分の手で守りたい」と立ち上がりました。当時、店長は独立志向が強く、自身で小規模な地産地消を目指した小売店を経営したいと考えていました。
しかし、地域密着型であった当該スーパーマーケットが後継者不在であることを心配し、自身の小売店事業の夢に近い、当該スーパーの事業をEBOで承継することを決意したのです。

オーナー経営者の意思とEBOの具現化

店長による事業承継は、従業員を最も信頼していたオーナー経営者の想いとも合致するものでした。
オーナー経営者は、長年苦楽を共にしてきた従業員、特に店長にこそ事業の未来を託したいという強い想いがありました。そのため、従業員である店長による事業買収(EBO)は、オーナーの想いを実現する形で始動しました。

実行フェーズにおける課題

EBOの初期段階においては、買収資金の調達方法、および譲渡価額の決定プロセスにおいて複数の課題が顕在化しました。しかしながら、関係地域金融機関の支援、およびM&Aアドバイザーとしてグローウィン・パートナーズが適切な仲介機能を果たしたことにより、これらの課題は順次解決されていきました。
※詳細な資金調達やM&Aプロセスについては次章にて解説いたします

EBO後の経営変革と企業価値向上

事業買収を完了した店長は、これまでの実務経験を活かし、経営戦略を次々と刷新していきました。従業員は、事業が継続されることへの安心感と、自らが経営を担うという主体的な経営参画意識を一層高め、顧客とのエンゲージメント強化に積極的に取り組みました。具体的には、地元の新鮮な農産物の積極的な導入、高齢者向け宅配サービスの開始など、地域ニーズに即した新たな取り組みが次々と打ち出されたのです。

結果として、かつて閉店の危機にあったスーパーマーケットは、EBOによって従業員と経営陣が一丸となった活気あふれる職場へと目覚ましい変貌を遂げました。これは、事業承継の一つの形として、同様の課題を抱える企業に大きな希望を示す事例と言えるでしょう。

EBO実行の要諦:SPC(特別目的会社)活用したEBOスキームの解説

従業員が主体となって事業を承継するEBO(Employee Buy-Out)の実現には、多くの場合、多額の買収資金が必要となります。従業員個人の資金力には限りがあるため、その資金調達を円滑に進めるための一つの手法として「SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)」を活用するスキームがあります。

SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)とは

SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)とは、特定の事業や目的のためだけに設立される会社のことです。事業を買い取るための融資を受ける「受け皿会社」としての機能を持ちます。
従業員承継「EBO(Employee Buy-Out)」及び役職員承継「MBO(Management Buy-Out)」においてどちらの場合でも「受け皿会社」としての機能は同じです。

SPCの税務上の取り扱い

SPCは一時的な受け皿であり、買収した対象会社と合併して一体化することも多いです。このため、SPCが行った株式の買取りが、税務上あたかも事業会社自身が自社の株式を買い戻したのと同じようなものである(実質的な自己株式の買取)と見なされてしまうリスクがあります。

その場合、通常の株式売買で得た利益(譲渡益)にかかる税金よりも、自己株式の取得(特にそれが株主への配当と見なされた場合=みなし配当)と判断された場合の方が、株主にとって税率が高くなることがあります。
特に、同族会社が税金の負担を不当に減らす目的で通常では行わないような不自然な取引をした場合、税務署はその取引をなかったものとして、税金を計算し直すことができる、という規定がありますので、この税務リスクが高いと、SPCと事業会社の合併は難しくなります。

SPCと対象会社の合併

先に述べたように、税務リスクがSPC及び事業会社がスムーズに合併できるかどうかの大きな分かれ目になります。SPCを利用する際はこうした税務上のリスクを専門家と共によく検討し、慎重に進める必要があります。

一方で、金融機関からすると、融資の返済原資となるのは、買収対象会社が生み出すキャッシュフローです。そのため、金融機関としては、融資先であるSPCが、実際にキャッシュフローを稼ぐ対象会社と早く合併して一体化した方が、貸したお金を回収しやすくなるため安心できるのです。このようにSPCと対象会社の合併には、様々な観点があります。

SPCを活用したEBOの標準的なプロセスとスケジュール
~保証協会付融資を活用する場合

一般的なSPCを利用したEBOのスキームと、従業員承継の想定スケジュールは以下のようになります。

準備・計画段階(3か月)

  • 承継の意思決定と合意形成
    まず、現経営者と従業員の間で、EBOによる事業承継の意思を固め、基本的な合意を形成します。承継する従業員の代表者を選定します。
  • 現状分析
    会社の財務状況、事業内容を詳細に分析し、株式価値算定を行います。弊社の場合、資金調達の観点からも株式価値算定報告書を現経営者から頂戴した資料をもとに分析し作成するサポートを行います。EBO後の事業計画(成長戦略、収益計画、返済計画など)も検討が必要です。これは金融機関からの融資審査においても非常に重要です。
  • スキーム検討
    SPCを活用するかどうか、最適な資金調達方法などを検討します。こちらも、M&Aアドバイザー及び金融機関に相談し、サポートを依頼することが一般的です。

資金調達段階(2か月)

  • 資金調達(融資申込・審査)
    金融機関に対して事業買収資金の融資を申し込みます。この際、事業計画書や現経営者からの情報開示が重要となります。多くの場合、信用保証協会の保証を付けて融資を受けることで、資金調達のハードルを下げることができます。また、買収資金を金融機関融資によって調達する場合、デューデリジェンス(DD)と対象企業の株価算定が金融機関の審査の結論前に行われ、その内容は金融機関の審査の重要な判断要素になります。
  • 保証協会付融資
    中小企業が金融機関から融資を受ける際に、信用保証協会が公的な保証人となる制度です。これにより、企業の信用力を補完し、融資を受けやすくする効果があります。EBOのような事業承継の場面でも活用が期待されます。

DD対応とSPC設立(2か月)

  • Due Diligence デューデリジェンス(DD)対応
    EBOにおけるデューデリジェンス(DD)は、買収対象となる企業の価値やリスクを詳細に調査するプロセスであり、EBOを成功させるために非常に重要です。DDへの対応は、買い手となる従業員側と、売り手となる現経営者・株主側の双方にとって不可欠です。
    長年勤務している企業であっても、経営層しか把握していない情報や、自部門以外の詳細については知らないこともあります。専門家による、事業内容の正確な理解、財務状況の把握、法務リスク(人事労務リスク等)の確認が必要です。
  • SPCの設立
    従業員(またはその代表者)が発起人となり、買収の受け皿となるSPCを設立します。この際、SPCとなる会社は合同会社でも株式会社でも構いません。

基本合意書締結~最終契約書締結(2か月)

  • 基本合意書締結
    融資額決定後、現経営者と従業員間で基本合意書を交わします。
  • 最終契約書締結
    最終契約書の内容などについて、M&Aアドバイザー及び弁護士を介してすり合わせます。現経営者の今後の顧問としての方針等、従業員、様々な関係者間で最終的な調整を行い最終契約書を締結します。株式譲渡後、新たな経営体制がスタートします。

クロージング

  • クロージングの定義
    クロージングとは、M&Aの最終段階であり、株式譲渡や事業譲渡の実行、対価の支払いなど、取引を完了させる手続きが行われる日を指します。
  • クロージング前提条件の充足
    最終契約書には、クロージングを実行するための前提条件が定められています。これらの条件が全て満たされる(または放棄される)ことが、クロージングの前提となります。
  • クロージング準備
    クロージングに向けて、売主・買主双方が必要な書類や手続きの準備を進めます。
    • 売主側の準備例
      • 譲渡対象株式の株券(株券発行会社の場合)または株式譲渡承認請求書
      • 株主名簿書換請求書
      • 各種証明書(印鑑証明書、登記事項証明書など)の取得
      • 対象会社役員の変更登記のための取締役会や株主総会の開催、議事録作成等
    • 買主側の準備例
      • 必要に応じて、買収後の新経営体制に関する準備
      • 買収対価の準備

統合・再生段階(買収後)

  • 事業計画の実行
    新体制のもとで策定した事業計画を実行に移し事業の持続的成長と企業価値向上を目指します。
  • SPCの役割完了と借入金返済
    SPCは買収完了後にその役割を終え、対象会社と合併します。SPCが負担した借入金は、事業会社が生み出すキャッシュフロー(配当金等)によって計画的に返済されていきます。

このスキームを活用することで、従業員は個人としてではなく、SPCという法人格を通じて資金調達や事業の買収を行うことができます。ただし、SPCの設立・運営には法務・税務上の専門知識が必要となるため、M&Aアドバイザーや専門家との連携が不可欠です。

EBO実現のための主要課題~押さえておきたい4つの対策ポイント~

従業員による事業承継であるEBOは、従業員のモチベーション向上や雇用の維持、企業文化の継承といった多くのメリットがある一方で、実現に向けて乗り越えるべき障壁も存在します。ここでは、EBOを検討する際に特に注意しておきたい4つのポイントを解説します。

資金調達の壁と財務戦略の最適化

これらの障壁を事前に認識し、対策を講じることで、EBOの成功確率は高まります。現経営者、従業員、そして外部の専門家が三位一体となって取り組むことが、EBO実現への近道と言えるでしょう。

さいごに

本コラムでは、「下町のスーパーマーケット」の事例を通して、EBOという事業承継の手法をご紹介しました。

後継者不足は、多くの中小企業にとって喫緊の経営課題でありますが、EBOは、その解決策の一つとして、大きな可能性を秘めています。長年培ってきた技術やノウハウ、そして地域からの信頼を承継し、従業員と経営陣が一体となって新たな未来を切り開いていくことは、単なる事業継続に留まらず、従業員のエンゲージメントを高め、ひいては地域経済の活性化にも寄与する取り組みです。

EBOの実現には様々なハードルがあります。しかし、今回ご紹介したスーパーマーケットの事例のように、強い想いと周囲のサポートがあれば、道は開けるはずです。

もし、事業承継について悩んでいたり、あるいは自分たちの手で会社を守り育てていきたいと考えているのであれば、EBOという選択肢を一度検討してみてはいかがでしょうか。EBOは、貴社、貴社の従業員、そして地域社会にとって、新たな成長と希望をもたらす戦略的アプローチとなる可能性を秘めた手段です。

この記事を書いた人

「関わるすべての人々の成長と成功を支援する」という理念のもと、多様な企業の成長を支援してきたグローウィン・パートナーズ株式会社。同社の編集局が監修し、未来に向けた継続的な組織成長を目的とした経営承継についてわかりやすく解説します。企業の未来を左右する経営承継。スムーズな事業継承を実現するためのヒントを、ぜひご活用ください。

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